1920年代に「無声映画の芸術化」を志し、『山を飛ぶ鳥』などを監督した松竹キネマ研究所の主宰者は。

小山内薫は新劇の巨頭であり、映画に演劇的な近代演出とリアリズムを持ち込もうとした。